型は先に示すのか、あとから見えてくるのか|全国特別活動研究協議大会で発表して、持ち帰った問い

型を先に示してから外していくのか。それとも、対話を重ねるなかで子どもたち自身が型を見つけていくのか。

2026年8月7日・8日、国立オリンピック記念青少年総合センターで開かれた第70回 全国特別活動研究協議大会 東京大会に参加し、実践を発表してきました。持ち帰ったのは、きれいにまとまった答えではなく、この問いです。

この記事では、発表した内容、指導講評で言われたこと、そして会場を出たあとも消えなかった問いを、現役の中学校教員としてそのまま書きます。明日から職員室で試せることも最後にまとめました。

01. 結論:2日間で残ったのは「答え」ではなく「問い」だった

先に結論から書きます。

すべての発表と講演に共通していたのは、「人間関係」でした。

施策も、考え方も、理念も、新学習指導要領が示されるたびにアップデートされていきます。けれど2日間を通して見えてきたのは、それが大きな断絶ではないということでした。根底にずっとある大切なことは変わっていない。一人の人間として、教師として、子どもにどう向き合い、どう関係を築いていくか。どの実践も、どの助言も、最後はそこに戻っていきました。

そしてもうひとつ、はっきりした答えの出ないまま残ったものがあります。

生徒に主体的に考えさせたいとき、型は先に示すべきなのか。それとも、あとから見えてくるものなのか。

この問いは、分科会の助言者の先生と、私たちの側とで、立場が分かれたところでもありました。詳しくは04で書きます。

ここから先は、大会で見聞きしたことと、私たち自身の実践を行き来しながら書いていきます。同じように「もっとやりたいけれど、どこから手をつければいいか分からない」と感じている先生に、何かひとつでも持ち帰ってもらえたらうれしいです。

02. 何を発表したのか——生徒会を「盛り上げる」のではなく「つなぐ」

発表したのは、都内のある公立中学校での生徒会活動の実践です。中学校てらす代表のあおが、生徒会担当として取り組んできたものです。タイトルは「生徒も先生もワクワクする特別活動へのパラダイムシフト——自分たちの社会を自分たちで創る挑戦」でした。

出発点にあった課題意識

その学校の生徒は、落ち着いていて、積極的です。にもかかわらず、教員の側が管理・規律重視に陥りがちだという実感がありました。

生徒が悪いわけでも、教員が悪いわけでもありません。ただ、放っておくと学校という場は「やるべきこと」と「規律」のほうへ傾いていきます。その傾きに気づいたところが出発点でした。

だから視点を転換しました。問題行動は「大人社会への問いかけ」であると捉え直す。生徒を変えるのではなく、環境と仕組みを変える。

具体的に変えた3つのこと

① 自分たちで「創る」主権者教育

生徒会役員選挙を、生徒に一任しました。記入台、投票箱、ポスター掲示板を設置し、運営そのものを生徒が担う。模擬体験ではなく、本物の選挙をやる。

選挙管理委員会の位置づけも変えました。事務的な作業をこなす係から、創造的な活動をする委員会へ。「本物とは何か」を「意識」と「環境」の両面から検討し、立候補者の顔・名前・掲げる公約が一致するように、アピールの機会と方法を拡充しました。

② 「決める」流れを生む生徒総会の年2回化

年1回だった生徒総会を2回にしました。提案・実行・振り返りのサイクルを、年度内に2周させるためです。1回だけだと「提案して終わり」になりますが、2回まわすと「あのとき決めたことは、どうなったのか」を生徒自身が確かめることになります。

③ 自分たちで「変える」学校生活向上委員会

校則改訂に、生徒自身が挑戦しました。

いきなり「校則を変えよう」と言ったわけではありません。まずこどもの権利条約を学び、ルールとは何かを確認するところから始めています。

① ルールはみんなの自由を縛るためではなく、みんなの自由や権利を守るためのもの
② 誰かと誰かの自由や権利がぶつかるときに、調整するためのもの

そのうえで、アンケート → 学級討議 → テスト実施 → 改定、という順序を踏みました。

結果として、大人の側が変えたこと(衣替えの廃止、汗対策の緩和、防寒着対応、ジャージ着用)と、生徒の側が変えたこと(髪型の自由化、自習室の運用、靴下等の着用ルール、タブレット活用)が、両方出てきました。

生徒会本部の役割を「主催」から「統括」へ

いちばん大きな構造の変更は、ここかもしれません。

生徒会本部役員がすべての業務をこなすのをやめました。代わりに、①全校生徒を巻き込み、②その活動の経過をマネジメントし、③全員が「生徒会」であるという意識を醸成する、という役割に変えています。

生徒朝礼も変えました。形式的な報告を廃止し、各委員会が本気のプレゼンをする場にする。朝礼が「ワクワク提案ステージ」に変わり、その積み重ねが学校の「プレゼン文化」を育てていきました。

学校委員会の話し合いも、報告形式からワークショップ形式へ。肩ひじ張らずに意見を言おう、というところから変えています。

バラバラだった活動が「つながる」構造変更選挙・生徒総会・学校委員会・校則改定の4つの活動が、それぞれ独立していた状態から、学校は生徒が参画する身近な社会であるという一本の線でつながった状態への変化を示した図。これまで活動がそれぞれ独立していた選挙生徒総会学校委員会校則改定新しい活動は増やしていない。つないだだけ。いま一本の線でつながっている学校は生徒が参画する身近な社会選挙生徒総会学校委員会校則改定
新しい活動を増やしたのではなく、すでにある活動をつないだ

数字で見えたこと

生徒会本部役員選挙のあと、全校361名にアンケートを取りました。

質問肯定的な回答
立候補者について知る機会はあったか78.7%
スライドを使った演説は効果的だったか91.9%
「投票用紙」での投票方法はよかったか89.4%
選挙を通して、真剣に考え行動できたか88.4%

数字以上に印象に残ったのは、生徒の自由記述でした。

タブレットだと軽い気持ちでできるが、紙だと自分の書いたことに責任感が出ていて良かった

効率だけを考えればタブレット投票のほうが速い。でも生徒は、手を動かして書くことの重さを自分で言語化していました。

そして、落選した生徒が残した一言。

悔しいけど立候補して本当に良かった!

落選という現実を、一生の財産に変えたのは、全校生徒からの温かいエールでした。

こういう実践の話を、全国の現役中学校教員が持ち寄って話しています。読むだけでも大丈夫です。

03. 講評で言われたこと——「新しいことは、していない」

指導講評をいただきました。講評のテーマは「『参加の場』から『学びの場』へ」。

冒頭で、結論を先に述べられました。要約すると、奇抜なことは何ひとつしていない。けれどもこれは本質的な改革である、という趣旨です。

正直に言うと、最初の一言を聞いた瞬間は身構えました。けれど続きを聞いて、腑に落ちました。

助言者の先生が評価されたのは、個々の活動を盛り上げたことではなく、選挙・生徒総会・学校委員会・校則改定を「つないだ」ことだったからです。バラバラに存在していた活動を、「学校が、生徒が参画する身近な社会である」という一本の線でつなぎ直した。その一点にこそ、この実践の最大の価値があるのだ、と。

言われて初めて、自分たちがやったことの意味が分かりました。私たちは「面白い企画を増やした」つもりでいたのですが、実際に変えていたのは参加の仕組みそのものだったのです。

さらに、こう整理されました。生徒会本部が全部やるのではなく、本部が全校生徒の参画をマネジメントする構造にした。だからこれは「社会参画」というより、むしろ「社会創造」と呼んだほうが正確ではないか——と。

自分たちの実践に、自分たちより適切な名前をつけてもらった感覚がありました。

これは、外に出て発表しないと絶対に得られないものでした。校内で完結していたら、「今年もうまくいったね」で終わっていたはずです。

04. 残った問い:型は先に示すのか、あとから見えてくるのか

ここからが、この記事でいちばん書きたかったところです。

助言のなかで、助言者の先生は「まず型がある」という立場を取られました。私が聞いた範囲で要約すると、こうなります。

まず型を示し、そこにあるべき姿を知らせる。そして少しずつ、その型を取り外していく。

理屈は通っています。何もないところに「自由にやっていいよ」と放り出せば、多くの生徒は動けません。動けたとしても、それは元々動ける生徒だけです。型があるから安心して踏み出せるし、型があるからこそ「外す」という次の段階が存在する。

一方で、私たちの側には別の感触がありました。発表したあおが、その場で疑問として書き残したメモがあります。

型にはめるべき? 型はあとから見えてくる?

あおが感じていたのは、おそらくこういうことだったと思います。

型は最初はいらないのではないか。まず対話を重ねながら子どもの考えを知り、それを丁寧に聞いていく。そして「じゃあ、どうする?」というところまで一緒に考える場にいる。当然、うまくいかないこともあるし、失敗もします。けれど、その失敗のなかから子どもは新しい方法を思いついたり、別のトライをしたりする。そうしているうちに、だんだんと子どもたち自身が「型のようなもの」を見出していくのではないか。

私自身も、どちらかといえばこちらの考えに近いです。

型は先に示すのか、あとから見えてくるのか型を先に示してから外していく考え方と、対話を重ねるなかで子どもたち自身が型を見出していく考え方を並べて比較した図。教師の役割はそれぞれ示す人、その場にい続ける人になる。型は先に示すのか、あとから見えてくるのか型が先型はあとまず型を示すあるべき姿を知らせる少しずつ型を取り外していく対話を重ねて考えを知る「じゃあどうする?」まで一緒に失敗する。そこから別の手を試す子どもが自分で型を見出す教師は「示す人」強み:再現性。誰が担当しても回る教師は「その場にい続ける人」強み:当事者性。自分で見つけた経験が残るどちらが正しいかではなく、何を優先するかの違い
どちらが正しいかではなく、何を優先するかの違い

この対立は、どちらが正しいという話ではない

書きながら思うのですが、これは勝ち負けの問題ではありません。

助言者の先生の立場は、再現性の話をしています。誰が担当しても、どの学校でも、一定の水準まで持っていける。転勤があり、担当が毎年変わる公立学校という前提を考えれば、これは極めて現実的です。むしろ無責任なのは、属人的にしか成立しない方法を「これがいい」と広めることかもしれません。

私たちの立場は、当事者性の話をしています。与えられた型のなかで動いた経験と、自分たちで見つけた型で動いた経験とでは、生徒のなかに残るものが違うのではないか。

つまり、何を優先するかの違いです。そして、どちらを取るかによって、教師が教室でやることは具体的に変わります。

  • 型が先なら、教師は示す人です。あるべき姿を先に見せ、そこから引き算していく
  • 型があとなら、教師はその場にい続ける人です。答えを出さずに問い、失敗を許容し、生徒が言語化するのを待つ

正直に書きますが、私のなかでもまだ結論は出ていません。学年によっても、集団の状態によっても、たぶん答えは変わります。4月と2月でも違うはずです。

それでも、この問いを持ち帰れたこと自体が、今回いちばんの収穫でした。答えをもらいに行ったつもりが、問いをもらって帰ってきたというのが、正確なところです。

もし同じテーマを考えている先生がいたら、話してみたいです。答えを持っている人ではなく、同じところで迷っている人と話したい。中学校てらすは、そういう場所であろうとしています。

05.「もったいない」と言われたこと

講評では、課題も具体的に指摘されました。ここを書かない記事はフェアではないので、記録しておきます。

① 合意形成の「難しい場面」を、もっと示してほしい

私たちの発表は、うまくいった話が中心でした。けれど校則改定でいちばん価値があるのは、意見が対立したときにどう折り合いをつけたかです。実際、私たち自身の振り返りでも「意見が対立した際の合意形成」と「ゼロからの新しい提案」は課題として挙がっていました。その難しかった場面こそ、聞き手が知りたいところだったわけです。

② 「全員が当事者」の具体を示してほしい

「全員が楽しめる」という表現は、聞こえはいいけれど曖昧です。そうではなく、全員に何らかの参画機会が保証できたことを、事実として示す必要がある——という指摘でした。

これは耳が痛かったです。盛り上がっている生徒の姿は目に入りやすい。けれど、その裏で一度も出番がなかった生徒がいなかったかどうかを、私たちは確かめていませんでした。

③ だから、どう測るか

そのうえで「こう測るとよい」という設計まで示していただきました。実感ではなく、データで語れる状態にしておくこと。

この3つは、そのまま来年度の宿題です。

06. すべての土台は、職員室だった

関係の質から始めるか、結果の質を先に求めるか成功循環モデルを職員室にあてはめた図。関係の質から始めると思考・行動・結果が良い方向に回る。結果を先に求めると関係が壊れ、思考が縮み、行動が減って結果がさらに落ちる。関係の質から始める結果の質を先に求める関係の質思考の質行動の質結果の質関係が壊れる思考が縮む行動が減る結果が落ちる生徒会が動いたのは、先に職員室が動いていたから結果を先に求めると、関係から順に崩れていく成功循環モデル(ダニエル・キム)を職員室にあてはめたもの
成功循環モデル(ダニエル・キム)を職員室にあてはめたもの

発表資料のなかで、私たちが最後に置いたスライドがあります。「すべての土台:職員室のグッドサイクル」というものです。

ダニエル・キムの成功循環モデルを、職員室に当てはめました。

関係の質 → 思考の質 → 行動の質 → 結果の質

結果を先に求めると、関係が壊れ、思考が縮み、行動が減って、結果がさらに落ちる。逆に、関係の質から始めると全部がまわりはじめる。

いま振り返ると、生徒会が動いたのは、先に職員室が動いていたからでした。

  • 「大人も失敗していい」という空気があった
  • 本音で話せて、挑戦を称え合い、失敗を学びに変えられた
  • 「やりたいことより、やるべきこと」「自由より規律」「充実感より疲労感」に傾いていた状態から、ワクワクを語り合う/規律の前に対話を重ねる/やりたいことを実現する、へ舵を切った

大人が「楽しむ」「ワクワクする」ことが、そのまま生徒に伝播していきます。

これは精神論ではありません。子どもは、大人の言葉ではなく姿を見ています。大人が楽しくない場所で、子どもだけが楽しくなることは絶対にありません。

そして、この順番は逆にできません。職員室がぎすぎすしたまま「生徒の主体性を育てよう」と言っても、まず無理です。生徒に対話を求める前に、大人が対話しているか。生徒に失敗を許す前に、大人の失敗が許されているか。

2日間の学びを一言にすると、「人間関係」でした。それは教師と子どもの関係だけではなく、大人同士の関係も含んでいます。むしろ、そちらが先でした。

07. 明日から試せること

大会から持ち帰って、まず取り組もうと思っていることです。全部、明日からできます。

1. 先生方の様子を観察して、こちらから話しかける

用事がなくても声をかける。「最近どうですか」で十分です。関係の質は、雑談の総量とだいたい比例します。

2. 話を聞く。解決しようとしない

アドバイスをしたくなりますが、まず最後まで聞く。ここを我慢できるかどうかで、次に相談してもらえるかが決まります。

3. 笑いと笑顔が増える雰囲気づくりを、一人ではなく複数人でやる

一人でやると空回りします。同じ方向を向いてくれる人を、まず職員室に1人見つける。2人いれば空気は変わりはじめます。

4. 「やるべきこと」の前に「やりたいこと」を口に出す

会議の最初の1分でいいので、誰かの「やってみたい」を聞く時間をつくる。規律の話をする前に、対話を置く。

5. 大人が先に、失敗していいことを見せる

「これ、うまくいかなかったんですよね」と自分から言う。心理的安全性は、上の立場の人が先に弱さを出したときに生まれます。

6. 生徒に任せる範囲を、ひとつだけ増やしてみる

いきなり選挙運営を全部渡す必要はありません。学級の係決めでも、朝の会の進行でもいい。「これはもう任せていいかもしれない」と思っているのに、まだ渡していないものが、たぶん一つはあります。

まとめ

2日間で分かったのは、次の3つでした。

  1. すべての発表・講演に共通していたのは「人間関係」だった。指導要領が変わっても、根底にある大切なことは変わっていない
  2. 評価されたのは、新しい活動を増やしたことではなく、既にある活動を「つないだ」こと。奇抜なことは何もしていない
  3. 生徒会が動く前に、職員室が動いていた。順番は逆にできない

そして、答えの出なかった問いがひとつ。型は先に示すのか、あとから見えてくるのか。

これはたぶん、一人で考えていても答えが出ません。学年も、学校も、目の前の生徒も違う人たちと話して、はじめて輪郭が見えてくる種類の問いだと思っています。


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この記事を書いた人

あお(中学校てらす代表/現役の中学校教員・社会科/教員歴 約10年)
民間企業で13年ほど働いたのち、教員になりました。今回の実践は、生徒会担当として取り組んできたものです。
プロフィールはこちら

たけ(中学校てらす運営/現役の中学校教員・数学科/教員歴 約20年)
この記事の執筆を担当しました。

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