先日、養護教諭として学校に勤めながら、対人支援の技法を学び続けているやまさんから、ある学会に参加した話を聞きました。専門は「ブリーフセラピー」。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、話を聞いていくと、これは学校の「チーム学校」づくりにそのまま使えるヒントの塊でした。この記事では、やまさんから聞いた話をもとに、現役中学校教員としての視点も交えて書いていきます。
01. 何の学会か——「これまで」と「これから」を問う大会
やまさんが参加したのは、国際ブリーフセラピー協会 第18回学術会議 山形大会です。2026年9月19日(土)・20日(日)の2日間、山形大学 小白川キャンパスで開催されました。大会テーマは「-温故知新- ブリーフセラピーの”これまで”と”これから”〜AIと共生する心理社会的支援はいかにして可能か?〜」。AIが当たり前になっていく時代に、人と人の対人支援をどう考え直すか、という問いが掲げられた大会だったようです。
ブリーフセラピー(短期療法)は、心理療法の一種です。「その人の病や課題を治そう・変えようとする」のではなく、「その人のあるがままを大切にしながら、本人主体で解決の方向を一緒に探る」という考え方が土台にあります。長い時間をかけて原因を掘り下げるのではなく、比較的短い期間で、本人が持っている力や、すでにうまくいっている部分に目を向けながら次の一歩を一緒に考えていく——そういう発想の心理療法です。カウンセリングや医療、福祉の分野で使われてきた技法ですが、やまさんが持ち帰ったのは、これを学校現場のチーム支援にもっと活かせるのではないか、という視点でした。
養護教諭であるやまさんは、日々の校務のかたわら、こうした対人支援の技法を継続的に学んでいます。専門の研究者ではなく、学校現場に身を置きながら学会に参加しているという立場だからこそ、「これは学校でも使えるのではないか」という視点が生まれたのだと思います。
02. 一番の学び——「本人主体の解決志向」を、学校のチームに
やまさんが繰り返し話していたのは、次のようなことでした。
学校には今、スクールソーシャルワーカー、養護教諭、スクールカウンセラー、支援員など、担任以外にも多くの職種が関わるようになっています。いわゆる「チーム学校」です。けれど、関わる人が増えるほど、聞き取る側と聞かれる側の間に立場の差が生まれたり、遠慮から本音が出なかったり、複数人で聞き取ると役割分担が曖昧になったりすることも起きます。
ブリーフセラピーが大事にしているのは、「その人の病や特性を治そう・変えようとする無理な介入ではなく、本人主体の解決志向で、好循環を生んでいくこと」です。やまさんはこれを、面談の場面だけでなく、ケース検討会や、学年主任・生徒指導・管理職を含めたチームのコミュニケーションそのものに応用できるのではないか、と考えていました。
実際、ブリーフセラピーの世界には「複数のセラピストが役割を分担して面接にあたる」という進め方が確立されています。たとえばオンライン面接の場面では、実際に話を聞く役(セラピスト)と、その様子を別室やモニター越しに見ながら助言を返す役(バックスタッフ)とを分けて動く、という型があるそうです。話す側・聞く側だけでなく、「聞き方そのものを後方から支える人」を最初から仕組みに組み込んでいる、ということです。
これは学校の面談に、そのまま重なります。担任・養護教諭・スクールカウンセラーが同席して保護者面談をするとき、実際には「全員が同じ立場で聞いている」状態になりがちです。そこに、あらかじめ「主に聞く人」「記録・整理をする人」「あとで振り返りの視点を出す人」という役割の違いを持ち込むだけで、面談の質は変わるはずだ、というのがやまさんの見立てでした。これをそのまま輸入するのではなく、「チーム学校」の中の人と人のやりとりに応用できないか、というのが、やまさんの持ち帰った問いでした。
03. 印象に残った場面——優勝していたのは、小学校の先生たちだった
学会の中には「B-1グランプリ」という発表企画があったそうです。やまさん自身が発表したわけではなく、その場で見ていた立場だったのですが、印象に残ったのは優勝や賞を取っていたのが、現役の小学校教員だったことでした。
対人支援の専門家が集う学会の中で、学校現場の教員が結果を残している。やまさんは、その活躍の現場をぜひ見に行きたい、と少し高揚した様子で話していました。研究や発表は本業ではない先生たちが、専門性の高い場でも通用する実践を積み上げている——この事実そのものが、やまさんにとって大きな刺激になったようです。
「自分も何かできるかもしれない」という感覚は、専門家になろうということではありません。現場にいる人にしか気づけない違和感や工夫が、専門の学会でも評価されるという事実に、勇気づけられた、ということだと思います。
やまさん自身、学術集会を見ていると自分も研究してみたいという気持ちがつい湧いてしまうけれど、ものを書くのはあまり得意ではない、と少し照れたように話していました。書くことが得意かどうかと、現場での気づきに価値があるかどうかは、別の話です。むしろ、うまく言語化できないまま抱えている違和感の中にこそ、他の人が気づいていない種があることも多いのだと思います。
学校教育の分野でも、こうした対人支援の考え方に関心を持つ声はすでに広がりつつあります。誰か一人の突出した実践というより、「担任だけで抱え込まない」支援のあり方への関心が、少しずつ現場に浸透してきているようです。
04. 持ち帰ろうとすると、すぐにぶつかる壁もある
ここまで前向きな話ばかり書きましたが、やまさん自身も「簡単ではない」と話していたことがあります。
スクールソーシャルワーカーとスクールカウンセラー、それぞれの連携は、全国どこでも同じ水準にあるわけではなく、地域によってまだまだ差があるというのが、やまさんの実感でした。専門職同士であっても、立場の違いから遠慮が生まれたり、「言い分の中にわだかまる想いを抱えたまま働く人」がいたりする、とも話していました。
これは、ブリーフセラピーの手法をそのまま持ち込めば解決する、という話ではありません。まず「専門職同士のコミュニケーションにも、こうした偏りが起きうる」と認識すること自体が、最初の一歩なのだと思います。役割分担の型を輸入する前に、いま自分の学校のチームが、誰か一人に負担や発言力が偏っていないかを見直すところから始めるほうが、現実的かもしれません。
大きな制度や「お国の決めごと」を変える力は、現場の一人ひとりにはありません。けれど、すぐ隣の先生や、一人ひとりの生徒のもめごとを見つめるときの自分自身の見方(やまさんの言葉を借りれば「自分のメガネ」)は、今日から変えられます。やまさんが目指しているのは、そういう小さな視点の積み重ねだと感じました。
05. 「AIに相談すること」も、学会のテーマだった
やまさんが後から付け加えていたのが、この話です。
AIに相談することが当たり前になっていくなかで、相談業務のことを考えることも、今回の大会の題材のひとつにあった、とやまさんは話していました。
今回の学会テーマ自体が「AIと共生する心理社会的支援はいかにして可能か?」でした。人が人に相談する、という営みの意味を、AIが当たり前に存在する時代にどう考え直すか。これは学校現場にとっても他人事ではありません。生徒が誰かに相談する前にAIに聞く、という場面は、これからますます増えていくはずです。
そのときに大事になるのが、「人にしかできない相談の受け止め方とは何か」を、大人の側が持っておくことだと、やまさんの話を聞いて感じました。ブリーフセラピーの「本人主体の解決志向」は、まさにここに効いてくる考え方かもしれません。
AIは、悩みを整理したり、選択肢を提示したりすることは得意です。けれど、「あなたはどうしたいのか」を本人の中から一緒に引き出していく、あの独特の間や沈黙、表情の変化を受け止める、というやりとりは、人にしかできません。ブリーフセラピーが積み上げてきたのは、まさにそのやりとりの技法です。AIが当たり前になる時代だからこそ、こうした「人にしかできない部分」の解像度を上げておくことに、学校現場としても意味があると感じました。
06. 明日から試せること
やまさんの話を聞きながら、自分の学校でも明日から試せそうだと感じたことをまとめました。専門的な技法をそのまま導入する、という大きな話ではありません。明日の面談や、次の生徒指導の場面から、少しだけ聞き方を変えてみるという規模のことです。
1. 相談を受けるとき、「治そう」ではなく「一緒に探す」の姿勢に切り替える
生徒や保護者の相談を受けるとき、こちらが答えを持って「こう直しましょう」と提案したくなる場面は多いです。まずは「本人がどうしたいか」を主語にして聞く。それだけで、相談の質が変わります。
2. チームで動くときこそ、役割分担を先に決める
複数人で生徒や保護者の話を聞くとき、誰が主に聞くのか、誰が記録・整理役なのかを、事前に決めておく。バラバラに聞くと、立場の強い人の意見に流れやすくなります。
3. 「専門家じゃないから」を理由に発信をやめない
学会で評価されていたのは、研究者ではなく現場の教員でした。専門知識がなくても、現場で気づいたことには価値があります。
4. AIに相談する生徒を、頭ごなしに止めない
「AIに聞く前に、まず人に相談してほしい」と思う場面もあるかもしれません。でも、AIを使うこと自体を否定するのではなく、「人にしか聞けないこと・話せることは何か」を、大人が自分の言葉で持っておくことが先です。
5. 校外の学びを、校内に持ち帰って共有する
やまさんのように、専門分野の学会に出て「これは学校で使えそう」と気づく機会は、教員以外の職種の方が持っていることも多いです。養護教諭・スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカーなど、担任以外の視点を、職員室でもっと共有してもらう時間をつくれないか、考えてみたいと思いました。
6. チームの中で、誰か一人に負担や発言力が偏っていないか見直す
新しい技法を持ち込む前に、いま自分の学校のチームの中で、誰が一番しゃべっていて、誰が一番我慢しているかを、一度観察してみる。役割分担は、型を輸入するより先に、現状把握から始めたほうが現実的です。
まとめ
やまさんはこの記事の元になる話を、あえて整った文章にせず、思いつくままに書いて送ってくれました。本人も「つぶやきなまま」と言っていましたが、その飾らない言葉の中にこそ、現場に立つ人だからこその視点が詰まっていたと感じます。今回、やまさんから聞いた話でわかったのは、次の3つでした。
1. ブリーフセラピーの「本人主体の解決志向」は、面談の技法にとどまらず、チーム学校のコミュニケーションそのものに応用できる視点だった
2. 対人支援の専門的な学会でも、現場の教員が結果を残している。専門家でなくても、現場の気づきには価値がある
3. 「AIに相談する」ことが当たり前になる時代に、人にしかできない相談の受け止め方を、大人が持っておく必要がある
学校の外の学会に出た人の話を聞くと、いつも思います。答えは、職員室の中だけを探していても見つからないことがある。 違う分野で対人支援を学んでいる人の視点は、学校にとって思わぬヒントになります。
養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、地域の支援者——学校には、担任以外にもさまざまな立場で子どもに関わっている人がいます。それぞれが校外で学んできたことを、もっと気軽に共有できる職員室であれば、こうした「持ち帰りのヒント」はもっと増えるはずです。今回のやまさんの話も、その一つのきっかけになればと思い、記事にしました。
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チーム学校のコミュニケーションの悩みは、担任一人で抱え込まなくていい、という話。この記事の「役割分担」の話ともつながります。
同じく「校外に出て学んだことを、学校に持ち帰る」一次情報レポートです。
この記事を書いた人
たけ(中学校てらす運営/現役の中学校教員・数学科/教員歴 約20年)今回の記事は、やまさん(養護教諭)からいただいたお話をもとに、この記事の執筆を担当しました。
情報提供:やまさん 養護教諭。学校勤務のかたわら、複数の活動に参加している。
やまさん自身の言葉でも、今回の学会について綴っています。→その「円(縁)」、ちゃんと見えていますか|学会で受け取った、人と人のあいだを見る「メガネ」
出典・注記
- 国際ブリーフセラピー協会 第18回学術会議 山形大会(2026年9月19日・20日/山形大学 小白川キャンパス)
– 出典:OSCCP(https://www.osccp.jp/informaiton/work-shop/item/7326-18.html)/大会公式特設サイト(https://ifbt-academic-conference-18th.jimdofree.com/)
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