たけ:公立中学校教員/東京都/数学/教員歴20年程

山口大学SRCでの奉仕活動、そして数学教育研究への道
大学時代は山口大学学生赤十字奉仕団(SRC)に所属し、毎週の特別養護老人ホームへの慰問や児童養護施設への学習支援、夏休みの「ことばの教室」親子キャンプ、山口ひまわり号を走らせる会の運営など、人と向き合う活動に明け暮れていました。その後、国立大学大学院に進み、数学教育、とりわけ「こどもの思考の様相」に焦点を当てた研究に取り組みました。
国立教育政策研究所での3年間、全国から学んだこと
国立教育政策研究所では学力調査官として3年間、全国学力・学習状況調査の問題作成と分析を担当しました。全国各地から集まる協力者の先生方と議論を重ねる中で得た視点は、今も自分の授業づくりの土台になっています。学校現場に戻ってからは、目の前のこどもを見つめながらも、国研で得た「全国の動き」や「目指したい方向性」を常に意識した授業を展開しています。教員は変わり続けなければならない、という危機感を、この経験を通じて強く持つようになりました。
「なぜこうしないんだ」から「どうしたいの?」へ
20代、30代前半は、生徒に対して「なぜこうしないんだ」と問いつめていました。毎年少しずつ本を読み、現場で実践し、試行錯誤を重ねる中で、今、生徒にかける言葉は「どうしたいの?」に変わりました。40代になった今、生徒が巻き起こす出来事も「問題」ではなく「成長のチャンス」としか思えなくなっています。
帰り道の「15分」とAIが支えてくれる、無理のないルーティン
学校を出てから最寄り駅までの15分、ボイスメモに今日あったことを吹き込む。それを「AIとの壁打ち」を通じて、自分が大切にしてきた教育書の考え方とすり合わせる。この積み重ねが、自分にとって最大の「復習」になり、教員としての成長を加速させてくれています。そうして得た気づきを学級通信「なかま」にまとめ、自分の声で生徒に届けています。
37年間のバスケと、夜の職員室で悩む、あの頃の自分へ
10歳から続けるバスケットボールでは、レギュラーとして中国大会に出場し、地区大会はすべて優勝という日々を過ごしました。そこに至るまでの厳しい練習の積み重ねが、忍耐力と不屈の精神を育ててくれたと思っています。37年になるバスケとの付き合いは、今の指導にも確かに活きています。変わることを恐れず、新しい力を借りながら、生徒と共に成長していく。かつての自分と同じように、夜の職員室で一人悩んでいる若手の先生方の足取りが、明日少しでも軽くなることを願って、これからも発信していきます。
この学級通信の工夫については、noteにも書きました。→過去の自分に教えたい~帰り道15分の「ボイスメモ」から始まる、無理のない学級通信の作り方~
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